2004年度冬季研修会 台中会場

交流協会の日本語センターが主催する台湾の日本語教師のための研修会、夏季に続いて行つてきた(24日と25日)。
無料でこんな研修が受けられるとは、本当にすばらしい。しかも、今日本語センターのHPをチェックしてみると、台北会場のポスターセッションの写真がもう載せてある。

ただ、参加者が少なかつたのは残念。台中会場では二十名ほどで、そのうち日本人教師は数名。自分が言ふのもなんだが、一人でも多くの教師に参加してほしいぞ。それほど夏季も冬季も、内容が濃く、ためになるものだつた。


今回の講師は河野俊之氏と松崎寛氏で、テーマは「通常授業と連動させた音声教育」について。「プロソディグラフ」といふ音の高さ・長さを音節単位で示す図を使ひ、どのやうに授業を行ふか。

これは、松崎氏のHPに詳しい説明が載つてゐる。

実は、自分は以前この松崎氏のホームページに公開されてゐるプロソディグラフをプリント、切り貼りし、自分のクラスでも少し使つてみたことがある。学習者には大好評だつた。一度これを見ながら発音してみるとわかるのだが、本当にわかりやすいのだ。しかし、「これを使つて何をどう教へるか」といふことを自分がよくわかつてゐなかつたのと、自分でこのプロソディグラフを書くことができなかつたため、うまく発展させることができずに尻すぼみになつてしまつてゐた。そんな折、この研修会である。日本語センターの人選に感謝。
研修は、文化庁が1995年に行つたアンケート結果の一部「外国人が話す日本語は、意思が通じれば、多少ヘンでも良い」を引き、これに対し「本当にさうなのか」といふ問ひ掛けから始まつた。
語彙的には正しくても、発音やアクセントの間違ひがあると、発話者が意図しないものが伝わつてしまふこともあるし、「なまり」は理解を遅らせ、負担になる。だから、音声教育は重要なのだが、現状では教師の発話を単純に学習者にリピートさせる以外の有効な方法がない。よく似た単語を二つ並べて、両者を発音させるやうな方法(「ミニマルペア」)は、実際にはあり得ない語彙などが混じり、学習者の役に立たないものも多い(「勤勉」と「金ペン」など)。
といふわけで、「プロソディグラフ」を提示し、視覚的に日本語の音の高低を学習者に意識させる方法の説明になるのだが、これは『1日10分の発音練習』を読むべし。自分も実はまだ買つてゐなかったのだけれど(笑)。河野氏に、「今すぐ本屋に行かうか。買うところ、見てるから」と言われましたが。

1日10分の発音練習

1日10分の発音練習

この本のポイントは、単に「プロソディグラフ」を目で追つて、発音練習ができるといふことではなくて、この練習をやることで日本語のイントネーション、アクセント、ヤマ(上記の松崎氏のHP参照)などの「規則」がわかるやうになることなのだ。
日本語の動詞の活用などは、日本語を母語とする我々は自然に身に付けてゐるが、日本語学習者はこれを規則として覚えることで、学習効率を上げることができる。日本語教材にも動詞の活用についての説明はかなり詳しく載つてゐる。しかし、音声についても規則があり、それを習得することで日本語の発話がかなり楽になる。これは今まで自分が目にしたどんな教材にもなかつた画期的な方法だと思ふ。五年後、十年後の日本語の初級教材には、動詞の活用などと並んで、音声の規則も基本的な学習項目として記されるやうになるのではないかとも思つてしまつた。
例を挙げる。

  1. 何がありますか。
  2. 何かありますか。

これは以前、「が」と「か」の清濁の区別に気をつけるといふやうな指導がされてゐた、といふ。「が」と「か」のわづかの違ひで意味が異なりますよ、と。しかし、日本人にとつては、この助詞の部分がなくても、両者を聞き分けることは簡単なのだ。(1)の文は、全体で「一つのヤマ」になるが、(2)の文は「あるかないか」といふことがポイントなので、動詞「ある」の部分でもう一度ピッチが上がり、「二つのヤマ」になる。かうした「規則」は今まで教へられたことはなく、教師の発音を聞いて「なんとなく」身に付けるといふのが日本語の音声教育の現状だつた。が、この規則を体系的に学習者に教へよう、意識させよう、といふのが狙いなのだ。


さて、研修会のはうは、講師のお二人が交互にお話をされ進んでいつたのだが、休憩時間に松崎氏が河野氏に対して「あの話をはしよつたね」などと、つつこんでゐたのがをかしかつた。河野氏は「あまり反応がなくて、興味なささうだつたからいいぢやないか」とおつしやてゐたのだが、自分が思ふに、話の密度が濃すぎて、研修生が講師の話に完全にはついていけてなかつたやうな感じだつた。もつとゆつくりした日程であればとも思つたが、台北、台中、高雄と、三会場を回らなければならない以上、これは仕方ないでせう。
研修二日目は、グループに分かれてのポスターセッション。準備時間が短く、自分のグループは中途半端なものしかできなかつたのだが、セッションの時間はかなり盛り上がつて楽しかつた。
自分にとつての最大の収穫は、「プロソディグラフ」が自分でも書けるといふことがわかつたこと。これは「耳」で聞き取るのではなく、「知識」で書くものだつたのですね。松崎氏がおつしやつていたのだが、「規則」を知つてゐれば書ける。そして、その知識が耳にフィードバックされると、耳でも聞けるやうになる、と。


また来年度の夏季研修会も楽しみにしてゐよう。