助詞の省略について(gryphonさんから)

ところでキッドのキッド言葉は「あいつ、ヤバいっすよ」「ハワイ、いいとこっすね」という風に、要は「てにをは」を抜いているんだよね。
これは頭悪く聞こえるリスクもあるが、それより、そもそもこれを抜いても意味が通じるというという日本語に対し、よく考えればちょっと驚く。
昔、文部省が人工的に簡略的な日本語をつくろうとして失敗したことがあったが、たとえば最低限の日本語を学ぶ、覚える、使うとしたらこの「てにをは」を敢えて覚えない、使わないってのもありですかね?
どうなんですかid:tinuyama さん。

と、突然話題を振られて驚いてをります(汗)。
自分の日本語のクラスでは「会話では、ガ、ヲ、着点を表すニ(ヘ)は、助詞を省略してもいい」と一応教へてゐます。それから、「主題のハ」も。友達同士の会話では助詞を省略したはうが自然に聞こえる場合もあると思ひます。ただ、助詞の省略といつても、「デ」「ト」「カラ」などは通常省略できませんし、「ガ」などでも文脈によつて意味がとれない場合には省略できません。
会話のクラスでは、助詞を省略した形での会話表現もできるやうに、意図的に上記の助詞を使はないで発話させる練習などもやつたことがあります。以下は学習者用の問題集からの引用なのですが、生徒のニーズによつては、このやうな指導も行ひます。

Q ( )の部分の助詞がなくてもいい場合には×を書きなさい。
 1 「あ、お湯(が)わいてるよ」
   「あ、じゃあ、ガス(を)止めといて」
 (中略)
 4 「試験(は)どうでしたか」
   「英語(は)よかったんですけど、数学(は)失敗しちゃいました」
 5 「田中さん(から)手紙(が)来ているそうだけど」
   「ええ。机の上(に)置いてあります」
日本語運用力養成問題集―初中級用 (1)

 問題4の質問文は、「主題のハ」なので省略できますが、答への方は所謂「対比のハ」で省略できません。問題5の「ニ」は着点ではなく存在の場所を表すものなので、省略できません。
ただ、かういつた指導は、それぞれの助詞の基本的な用法を習得した上でのことで、通常の授業では、きちんと「てにをは」を言はせるやうにしてゐます。上で見たやうに、くだけた会話表現での助詞の省略は日本人としては普通のことなのですが、こちらの日本語学習者が実際に日本語を使ふ状況を考へてみると、日本人の友人がゐる人などごくまれで、学業にしろ、仕事にしろ、「丁寧な言葉遣ひ」が望まれる場合がほとんどだと思はれます。さういつた場で、日本語のレベルがまだまだな話者が、いきなり縮約表現(「ちゃう」など)を多用すると、相手に不快感を与へてしまふことになると思ひます。ですから、助詞の省略や縮約表現などは聞いて理解できるやうに教へはしますが、自分で使ふ場合はくれぐれも相手や状況に注意するやう言つてゐます。
といふわけで、外国語として日本語を「覚える」場合に、「てにをは」抜きといふことは考へられないと思ひます。省略するにしても、母語話者でない限りは省略できる場合とできない場合についての「知識」が必要になりますから。

「簡約日本語」について

それから、国立国語研究所の「簡約日本語」についてですが、これは語彙数の制限と、用言の活用形を限定しようとしたものですね。下のサイトに例文が掲載されてゐます。

自分ももちろんこの「簡約日本語」には賛成できませんが、こちらで日本語を教へてゐて思ふのは、学習者一人一人の頭の中に、それぞれのレベルに応じた「簡約日本語」があるのだといふことです。わざわざいびつな「簡約日本語」を公的に「規定」する必要などないのです。言葉を話す時には語彙だけ知つてゐても、「文」にはならないわけで、学習者は自分なりの統語法にもとづいて発話しようとします。最初は知識が足らず、上の「簡約日本語」のやうな形になつてしまうこともありますが、そのバリエーションは学習者によつて様々で「活用形の制限」だけで済ませられるやうなものではありません。しかも、それは新しい知識の獲得により、少しづつ「自然な日本語」に近づいていく過程に過ぎず、国立国語研究所の「簡約日本語」のやうに途中で固定してしまうことは弊害でしかありません。

ついでに「ヲ格」の助詞の省略について

今、これを書いてゐる途中にふと思ひ出したので、参考までにご紹介。山本キッドの発話が、これにあたるかどうかわかりませんが、助詞を使はない方が自然な文といふのもあるやうです。『日本語類義表現の文法』(ISBN:4874241093)にいくつか載つてゐました。一つ引用してみます。

真人:おはよォ、みゆきちゃん。
みゆき:おはよ。
真人:昨日の江川(φ/*を/*は)、見た? すごかったねえ。三振16。

上の会話では、「を」も「は」も使へず、φ(助詞なし)が自然な形になります。同書での解説は次のやうになつてをります。

眼前にない要素で、しかも話し手・聞き手の間で特定されている事物を何の前ぶれもなくヲ格に持ってきて、質問文の形で話題として導入する場合にも、ハもヲも使えないことが多い。(P.65)