しかない!

以前、一般的な日本語教科書に載つてゐる文法項目と日本語学習者が「実際に使ふ」文法項目とのずれを指摘したデータを見せてもらつたことがある*1
例へば『みんなの日本語』には、「は」「も」「だけ」「しか」「ぐらい」「ほど」「でも*2」といつた「とりたて助詞(副助詞)」が出てくるが、学習者自身が話す場合には「しか」「ほど」「でも」はほとんど使はれない。特に「しか」は超級*3の話者にならないと使へるやうにはならないため、初級用のテキストであへて扱ふ必要はないのではないかといふ意見もあつた。確かに、後件に否定表現を伴ふ「しか」は台湾の学習者にとつても難しいものの一つで、授業での説明も難しい。

  1. 100円ある。
  2. 100円だけある。
  3. 100円しかない。

上の三つとも、“事実”は同じなのだ。「だけ」「しか」がつくと、「それ以外ない」といふ意味が加はり、また「しか」の場合は「不足・不服」といつたニュアンスまで表す。
(×)100円だけあるので、ちよつとお金を貸してください。
(○)100円しかないので、ちよつとお金を貸してください。
授業では下のような口頭ドリルを積み重ね、定着を図るのだが、実際に使へるやうになるにはかなり時間がかかる。
教師:きのふ何時間寝ましたか。→生徒:五時間寝ました。
教師:足りますか。→生徒:足りません。五時間しか寝ませんでした。


ところが、自分の四歳半の息子は少し前からこの「しかない」といふフレーズがお気に入りで、よく口にしてゐる。「もうチョコレート一個しかないね。しかない、しかない、し・かな〜い♪」と節をつけて歌つたりしてゐるのです。「お前、すごいね。お前の日本語は超級だよ」と言つてやりましたが、本人はキョトンとしてゐます。
ただ、時々微妙に使ひ方を間違へてゐる時がある。「この牛乳、もうしかないね」。それは、素直に「(残り)少ない」と言へばいいでせう。ああ、なるほど、息子は「しかない」を「少ない」といふ形容詞的な意味で使つてゐるのですね。ちやんと本質的な意味はつかんでゐるのか。おもしろい。


【メモ】
その他最近よく使うフレーズ:〜てば! 「もう食べたつてば!」
今日初めて自分が聞いた単語:配る 「箸、配る」
*母親が台湾人で、現在台湾で生活してゐるため、三歳で幼稚園の日本人クラスに入るまでほとんど日本語は話せませんでした。

*1:参考:山内博之「話すための日本語教育文法」

*2:「お茶でも飲みませんか」

*3:初級→中級→上級→超級の四段階。