ニュースの見出しの受身文

「報知の見出しにやられました - サッカーのある幸せ」(id:helguera
http://d.hatena.ne.jp/helguera/20060206#1139191597
いつも拝見してゐるhelgueraさんのところで興味深い指摘を見つけました。報知のニュースの見出しが受身文ばかりだつたとのこと。

松井削られた
稲本右サイド任された
中田ホメられた
平山ゴール消された

「ヨーロッパで活躍する日本人選手名+動詞の受身形」で揃つてゐますが、いいニュースも悪いニュースもあります。意図的に統一したものかどうかわかりませんが、日本語の受身文の特徴がよく現れてゐて、非常におもしろいと思ひました。これで思ひ出したのが『日本語に主語はいらない』(ISBN:4062582309)の中での以下の解説。

「太郎が熊に殺された」は単に「熊が太郎を殺した」の視点を変えたものではなく、熊が太郎を殺した事実のほかに「その状況下で太郎は無力だった」という意味が加わっているのである。

受身・尊敬・可能・自発の用法がある「れる・られる」には、「ある行為が人間のコントロールを越えたところでなされる」という共通の意味がある、と。「制御不可能性」。所謂「迷惑の受身」と呼ばれる形も以下のやうに、

能動文「朝の3時に冬彦が来た」
受動文「朝の3時に冬彦に来られた」

受動文には「迷惑だつた」といふニュアンスが込められるぶん、情報量が多くなつてゐると同書は述べてゐます。
報知の編集者も、ヨーロッパといふ言葉も生活習慣も異なる環境の中でプレーする選手の状況(制御不可能な状況)を短い見出しの中で表現したくて、自然に受身文を選択したのかもしれません。


ちなみに『日本語に主語はいらない』の金谷氏、「専門家」の間ではあまり評判がよくないらしいのですが。例へば、こちらに。
「主語 - trb-es...diary」(id:trb-es
http://d.hatena.ne.jp/trb-es/20051031#1130775906
しかし、教室で教へてゐる立場からすると、同書は非常に有効なヒントを与えてくれる良書だと思ひます。日本語に主語があるのかないのかにかかはらず……。
【追記】
trb-esさんからは、一月三十一日のコメント欄に「主語」についての解説をいただいてゐます。ありがたうございました。